感想文

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普段より早起きして、六時に窓の外を見ると、すでに夜は白々と明けていました。外気にも冷たさを感じません。先月までは用意していた長靴を、今日は片付け ました。真冬と違って、今日は素足でお掃除をしても、足がぽかぽかしてくると思います。春は、知らないうちに、私のすぐ「足元」まで来ていたのです。

二月最終日である日曜日、第172回広島掃除に学ぶ会が、山陽高等学校で開催されました。本校では、掃除に学ぶ会の村上先生が教鞭を執っておら れ、津田校長先生の深いご理解のもと、三年間続けて掃除に学ぶ会の開催をされています。「なぜ続けているのか、それは、やればやるほど学ぶものが多いから です」、掃除に学ぶことの意味を良く理解されている、校長先生ならではのご挨拶でした。

また、今日は同時に、広島便教会(教師による、教師のためのトイレ掃除の勉強会)の研修会も兼ねた開催ということで、北岡会長さんを初め、多数の 教職員の皆さんが参加されました。開会式の道具説明では、説明を本校の村上先生、実演を庄原格致高校の川合先生が務められました。学校の外からお掃除を広 めようとする私たちと、学校の中からお掃除を広めようとする広島便教会の皆さんのタッグは、今や、広島が全国に誇れる、最強のお掃除コラボではないかと思 います。

ご家族の不幸を乗り越えられて、井辻快調も参加されました。心の傷が癒えるのには、まだまだ時間がかかることと思いますが、「私はもう休みません よ!」という言葉に、私たちのほうが逆に、勇気づけられました。やはり、快調のオヤジギャグとウクレレは、この会には不可欠なものなのだ、と思いました。

● お掃除の習慣というソフトウェアをダウンロードして、一生の宝物にしよう

担当するトイレに着いてみると、意外に感じるほど、きれいでした。意外という言葉の意味は、私が、「男子高校のトイレは汚れている」という先入観 を持っていたからです。山陽高校のトイレには、タバコの吸殻もゴミもなく、日頃からの清掃が行き届いていることを、感じさせます。掃除に学ぶ会でトイレ掃 除をすることが大事なのではなく、日頃の清掃活動こそが一番大事なのだということを、山陽高校の皆さんはよく理解をされているのだ、と思いました。

スポーツの盛んな山陽高校の生徒さんたちですから、元気な生徒さんばかりです。お掃除研修が始まった当初は、黙々と便器磨きに打ち込むというより も、班の皆んなと研修時間を「楽しく過ごす姿」が見えました。しかし、一人一人が心の中に気づきを得るようになったのでしょうか、時間と共に、取り組み方 に個性が出てきて、「問題意識を持って取り組む姿」に変わりました。お掃除が、彼らの頭の中に、何か新しいソフトウェアを入れたかのようでした。その後の 手足の動きと、取り組むむ姿勢が、最初とは全く変わってきました。

「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、今、彼らは若く、エネルギーに溢れています。その体を動かす頭に、「正しい考え方、美しい心、お掃除の実 践」というソフトウェアを入れたならば、もの凄い人間になれるんじゃないかと、私は思います。多感な青春時代に、どんなソフトを入れたかが、その人の一生 を左右するのではないでしょうか。中学校、高校時代にお掃除の習慣をつけた人は、一生の習慣になる。そして、その人は必ず成功する、私はそう確信をしま す。良い習慣が良い心を作り、良い心が良い人生を作るからです。

● 気づきを得る人とそうでない人では、一生の長さと深さに差がつく

閉会式の挨拶では、サッカー部の顧問をされている先生のご挨拶がありました。サッカー部でお掃除活動をしたらどうかと勧められたとき、この効用を 尋ねると、村上先生から、「お掃除をすると、今まで気づかなかったことに気づくようになる。それは、サッカーにも大切なことではありませんか」と言われた そうです。

先生は最初、その言葉の意味が理解出来なかったそうですが、部室周りの清掃を続けるうちに、汚れ具合、汚れる理由、汚れなくする方法、色んなこと を考えるようになったそうです。今までは「同じ視野に入っていながら、気づかなかったことを、気づくようになった。考えるようになった」と、先生はおっ しゃいました。それはお掃除に止まらず、サッカーであるならば、今のチームの練習方法を、もっと効果的、効率的にしていくための気づきが、たくさん生まれ るかもしれません。毎日気づきのある練習は、いつも進歩するチームを作ります。

一日は、誰しも24時間しかありませんが、私は、気づきのある人は、一日を36時間や48時間に出来るのではないかと思います。それは、普通の人 が一日かかることを半日で出来れば、二倍生きることが出来るからです。漫然と生活するのではなく、一日を振り返り、もっと時間の無駄のない生活をするため の工夫を考えるのです。朝のトイレとハミガキの順番でも良い、と思います。気づいたことを試してみたら良い、と思います。そして、「お掃除を続けている と、気づきやすい人間になれる」ことを、今の私は、心から実感しています。

● お掃除が繋ぐ、人と人との縁、こころざし、成長、そして生きるということ

今日の会で、二つの再会がありました。一つは、広島県警にお勤めの先川さんが、ある生徒さんの中学時代にケンカしたきりになっていた、彼のお父さ んとこの会で再会し、同じ班でトイレ掃除をしながら仲直りをしたというお話です。その生徒さんは高校進学後は、毎日掃除を欠かさない約束を守ってくれて、 今日の会にお父さんを連れてきたのでした。先川さんは、彼のお父さんとのことが心残りだったそうで、今日の再会と仲直りに、感極まって、涙されていまし た。

もう一つは、北岡先生とかつての高校時代の教え子さんが、この会で再会されたお話です。高校時代には、大人しくて目立たなかった生徒さんが、この 会に自主的に参加してくれて、立派な発表をしてくれたこと、そして、彼女の母校である、二葉中学校での掃除の会にも参加を誓ってくれたことに、感動された そうです。かつての教え子が、大人になってまた、この会に参加してくれる、こんな教師冥利に尽きることは無いと、北岡先生は感激していらしゃいました。

先川さんと北岡先生が感動の再会をされたのは、お二人が、信念をもってお掃除を続けてこられたからこそだ、と思います。真剣に生きる人には、同じ 志を持つ人との出会いが必ずあります。頑張っているからこそ、良い出会いがあるのです。

そして、共に成長してゆきます。同じ場所にいなくても、同じ青空の下、同じ気持ちが生きている人の存在があるからこそ、自分も頑張ろうと燃えるの ではないか、と思います。なぜトイレ掃除かに、「感動こそ人生」とあります。その感動とは、人の生き方から受けるものであり、与えられるものです。お掃除 に感動し、善友との出会いに感動し、生きている幸せに感動する。広島掃除に学ぶ会は、命が生き生きとする場所なんだなと、今日、改めて私は思いました。

● 汚れた便器、荒んだ人の心は、自分の心を高めてくれる生きた教材です

先日、本校の村上先生から、お礼のハガキをいただきました。その中の一文に「本校でも少しずつですが、お掃除が根付いてきました。生徒はすぐ変 わってくれましたが、大人のほうがなかなか・・・」とありました。私は、ふと自分のことを省みました。自分は、人のアドバイスを素直に聞いているのだろう かと。

子供たちは、良いことを学ぶとそれを理解し、取り組んでいく柔軟さがあります。逆に、私たち大人のほうが、人の意見を受け入れず、頑固頭になって いるのではないかと思います。良否より自説が大事になってきて、無意識に、お掃除の先生のつもりになって心の成長を忘れていては、何のための心磨きか分か りません。

私たちは、お掃除に学ぶことにより、人間として、より謙虚になり、感謝の心を持ち、心美しく生きたいと願っているはずです。汚れたトイレ、荒んだ 人の心という、嫌なこと、嫌な人を好きになるように努力し、「相手が誰であっても、相手のためになりたい」と心から思えるような人間に、私はなりたいと思 います。そしてそのための、遠くて一番の近道が、トイレ掃除の実践なのです。

宮森 宏